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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)929号 判決 1959年10月30日

幸福相互銀行

事実

被控訴人(広岡たき)の提起した被控訴人を連帯保証人とする相互掛金契約公正証書に対する請求異議の訴及び抵当権設定登記抹消登記請求事件において、控訴人(株式会社幸福相互銀行)は、「被控訴人は、訴外有限会社みやけ屋の代表者黒田治夫の実姉で、治夫の妻黒田静子は弟嫁に当るのみならず、被控訴人方と右治夫との住居は裏表の位置にあり、両家は互に出入して密接の関係にあつたこと、従つて被控訴人は、自己の印鑑証明書とその証明ある印鑑とを使用し株式会社三宅貞商店に対する抵当権設定契約並にその登記手続を右静子に委託し、その登記完了後に於ても右印鑑を静子に保管せしめていた事実があり、有限会社みやけ屋が右株式会社三宅貞商店に対する金二九〇、〇〇〇円の債務の弁済の為控訴銀行から借受けた債務の内金二九〇、〇〇〇円の限度においては被控訴人は右担保物件につき控訴銀行の為担保に供することを承諾していたことを推認し得べく、之によれば、被控訴人は本件公正証書の作成抵当権設定登記並所有権移転請求権保全の仮登記を承知していたものというべきである。」と主張した上、つぎのとおり表見代理の主張をした。

「仮にそのような明白な承諾がなかつたとしても、右静子の行為は権限踰越か権限消滅後の行為であり、民法第百十条及第百十二条により控訴人は静子に右代理権ありと信ずべき正当の事由を有するものである。」

これに対し、被控訴人は、

「凡そ金融業者たる銀行が第三者から担保として不動産を取得する場合に於ては、直接所有者たる被控訴人につき承諾の有無を確認すべきに拘らず、単に黒田静子の言を軽信して融資したことは、控訴人に重大な過失がある」

と主張した。

これに対し、控訴人は、

「金融業者は特に疑のある場合の外担保物提供者について調査しないのが通例であつて、本件の場合叙上の事情から見て被控訴人に直接調査しなかつたのは重大な過失といえない。」

と主張した。

理由

控訴人(株式会社幸福相互銀行)が訴外有限会社みやけ屋(代表者黒田治夫)を主債務者被控訴人(広岡たき)を連帯保証人として被控訴人主張の公正証書を作成し右債権担保の為被控訴人所有の不動産に付抵当権設定登記並所有権移転請求権保全の仮登記を経由したことは控訴人の争わぬところである。

証拠によれば、右公正証書の作成及登記手続は総て被控訴人の意見に基ずかずして為されたものと認められる。

控訴人は、被控訴人が本件主たる債務者有限会社みやけ屋の代表者黒田治夫の実姉で、本件公正証書作成並登記手続の為控訴人の代理人として印鑑証明書の交付を受けた黒田静子は右治夫の妻たること、被控訴人と右黒田治夫夫婦は裏表に居住し密接に交際し、被控訴人は静子に右証明にかかる印鑑を保管せしめたこと、並本件控訴人の融通金額中大部分は被控訴人が本件による物上保証人たることを承諾せる株式会社三宅貞商店に対する金二十九万円の債務に充当せられたこと等により、本件貸借並不動産に対する担保権設定につき被控訴人の承諾があつたことを推認し得ると抗争するけれども、前記のとおり、本件貸借並不動産に対する担保権設定につき被控訴人の承諾があつたものとは認められない。

また控訴人は仮に被控訴人において右承諾をしなかつたとしても、被控訴人の弟嫁に当る黒田静子の行為は権限踰越か権限消滅後の行為であつて、民法第百十条第百十二条に則り控訴人は右静子に右代理権ありと信ずべき正当の事由を有する場合である云々と主張するのでこの点について考察する。

証拠によれば、被控訴人所有の本件不動産については昭和三十年八月三日債権者を株式会社三宅貞商店とする債権額金二十九万円の抵当権設定登記が経由されて後、昭和三十一年一月十三日付にて右登記が抹消され、同月十七日受付で債権者を訴外帝国商事株式会社とする債権額五十万円とする抵当権設定登記が経由され、その後同年二月十七日受付で右登記が抹消され、同月十六日附で控訴人を根抵当権者として債権極度額金四十六万円の根抵当権設定登記が経由され、また同日附で代物弁済予約による停止条件付所有権移転登記請求権保全の仮登記が経由され、また同年四月五日控訴人を債権者被控訴人を連帯保証人とする相互掛金契約公正証書が作成された事実、右最初の訴外三宅貞商店を債権者とする抵当権設定については被控訴人においてその実弟である訴外黒田治夫が代表取締役である訴外有限会社みやけ屋商店の債務の担保として提供することを承認し、当時被控訴人は黒田姓であつたので右治夫所持の印を借受けこれを自己の印として印鑑届を了しその印鑑証明書を右治夫の妻黒田静子に交付すると共に右用済の印を同人に返還した事実(省略)、被控訴人は暗黙裡に右黒田静子に対し本件不動産につき右三宅貞商店に対し抵当権を設定する手続の委任をなした事実が認められるが、被控訴人の右委任は前記の如く三宅貞商店を債権者とする抵当権設定登記が経由されると同時に委任の終了に因つて消滅したものである。

したがつて本件控訴人を相手方とする前記根抵当権設定行為や公正証書の作成などについては右黒田静子に被控訴人を代理する権限をもたなかつたのであるから、右静子が被控訴人を代理して控訴人との間に右各契約をなしたとしても基本代理権の存在しない場合でありそのままでは民法第百十条の表見代理には当らない。

しかし代理権消滅後、従前の代理人がなお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をした場合においても、もし相手方が過失なくして代理権の消滅を知らない場合は、従前の代理権ある以上、代理権あるものと信ずる場合もあり、相手方がかく信ずるにつき正当の理由を有する場合は、相手方保護の要があり、本人は右行為につき、相手方に対してその責に任ずべきものと解すべきであるけれども、この場合は相手方は従前の代理権を知り、かつこれを知るが故に従前の代理権消滅後のしかもその範囲をこえた無権代理行為につき権限ありと信ずべき正当の理由を有することを要するものと解するのが相当である。

本件についてこれをみると、相手方である控訴人側が被控訴人と本件被控訴人所有不動産について前記抵当権設定契約等をなしまた前記公正証書による契約をなす当時において、その以前被控訴人が控訴人とは別の債権者である訴外株式会社三宅貞商店に対する抵当権設定手続をなすについて、黒田静子を代理人としてその手続をなした事実は、控訴人側においてこれを知らないのを通常とすべく、控訴人側において右事実を知つていたという点については、前記当裁判所の信用し難いとする控訴人援用の各証人の証言部分を除いてはこれを認めるに足るものはない。したがつて控訴人側において被控訴人と控訴人との間の前記各契約をなすにつき、前記黒田静子が被控訴人の代理人であると誤信していたものとしてもこれがため本人である被控訴人をしてもその責に任ぜしめることはできないものである。

また控訴人において被控訴人との間の本件各契約をなすにつき被控訴人とは直接にこれをせず、また契約の際担保提供者である被控訴人につき直接の調査をしなかつたことは弁済の全趣旨からこれを認めうるものであるから、控訴人が前記黒田静子に被控訴人を代理する権限ありと信ずるにつき過失なしとは断じ難く、黒田静子に右権限ありと信ずべき正当理由のない場合と認めるのが相当である。

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